人類は仕事によって自らの仕事を奪っている

杉山です。

前回、人工知能の問題を取り上げましたが
その1つの問題として「職業がなくなる」ことがあります。

人工知能が完成すれば、
人間でなくても人工知能に任せればいい仕事が必ず生まれます。
そのときには、失業する、職を失う人間が出てくるので
そこで「雇用」の問題に直面します。

人間の仕事が次々人工知能やロボットに置き換えられ
自分の職業はどうなるんだろう、と思ったかもしれません。

確かに自分の職業・仕事が奪われてしまうのかどうかは
とても気になりますよね。
仕事が無くなるということは収入が無くなることに直結しますから
死活問題なので、不安になるのは当然です。

ただ、ここで理解しておかなければならないことがあります。
それは、『職業は奪われるものだ』ということです。

この事について詳しくお話します。

職業の役割と価値

ところで、なぜ世の中には「職業」「仕事」というものがあるのでしょう。

それは、究極的に言えば、”人類の生存率を上げるため”ということになります。

元々人類は動物の狩猟や木の実などの採集によって
食料を確保し、生存していました。

ただ、それだけでも生きていけますし、
それらの食料確保のための行動は
一人でももちろんできます。

しかし、場所が悪かったり、天候が悪かったりして
動物が見つけられなかったり、木の実が見つけられない場合もあります。
それでは飢餓の危機にいつもさらされ、
食料が足らず、生命、そして子孫も絶えてしまいます。

それでは困るので、複数人のチームで狩猟や採集をし、
後でみんなで平等に食料を分けることで
食料確保の可能性を上げ、生存率を上げるようになりました。

そして、次第に効率的に、計画的に食料を確保するために
動物を自分たちで飼う家畜や
土地を耕し種を植える農耕などをするようになり
安定的に生きることが可能になりました。

すると、家畜の動物を管理する人だったり
農耕だけに従事する人だったり
「分業」するようになりました。

さらに細かく言えば、
畑を耕す人、その作業を監督する人、
収穫した作物の倉庫を管理する人など
分業し、それが多様化し、別々の作業・仕事に特化するようになりました。

それぞれがより専門的な仕事を担うようになっていったのです。

つまり、これが『職業』の出現であり、価値なのです。

結果として文明が進歩していけばいくほど
職業がますます多様化し、細かくバラバラになっていきました。
それが我々の生きる現代です。

結局「職業」というものが存在する理由は
それが人類がより効率的に安定的に生きられる手段だからです。

仕事を分類して特化させて、それぞれの人がそのことに集中することで
クオリティの高いモノ・サービスが作れるのです。
それをみんなで共有するためにお金があり
お金によってモノ・サービスの恩恵が受けられるのです。

もし「職業」がなければ、
自分で狩りをして牛や豚の肉を手に入れたり
自分で漁に出て魚を調達したり
自分で生地を作り、服をつくったり
自分で大工をして家を建てないといけなくなります。

これでは時間がいくらあっても足りませんし
食料は安定供給ができなかったり
質も安定しません。

とても非効率な生活になり
非常に文明としては発展しにくいでしょう。

これでは社会は豊かになりませんし
人類の文明は発展しません。

だからこそ職業は重要なのです。
職業の役割や価値というのはそういうことなのです。

未完成な世界だから職業がある

職業というものが出現したのは
やはり「生存確率アップのため」のわけですが
今の職業をよく見てみると
生存確率に関係ない職業もいくつかあります。

無くても困らないだろうという仕事が結構あります。

というのも、現代に生きる私達は
生命の危機に直面することがほとんどないからです。

衣食住について格差はあるかもしれませんが
とりあえず、人が死んでしまうほど衣食住に困っている人は
この日本ではほとんどいないはずです。

国としても生活保護などのそれなりのセーフティネットがあり
命の危機に関しては心配しないはずです。

つまり、生命の危機を今の先進国はほぼ克服しているのです。

現に、生存には必要ない商品やサービスは
いくらでもあります。

「エンターテイメント」の類はその代表でしょう。

それらは人がより楽しむため、より贅沢するためにあり
正直、無くても良いのかも知れません。

そういった意味では、
もはや全員が働く必要はない時代に来ていると思います。

「社会に必要だから」とか「世の中に足りてないから」ではなく
無理やり価値を作り、モノやサービスを作っている感じがします。
そして、そのための職業が増えているように思います。

本来必要な仕事はそんなにないのです。

そして、いずれロボットや人工知能が
人間生活に必要な仕事を全て担ってくれれば
ほとんど人間の仕事は不要となるかもしれません。

そもそも仕事や職業というものは
世の中が未完成だから存在し、それが成り立つのです。

人間が簡単には生きられない、満足しない世界、未完成な世界を
簡単に生きられるように、満足できる完成された世界へ近づける。
そのための”手段”が「仕事」や「職業」なのです。

つまり、「仕事」や「職業」とは
未完成な世界だからこそ価値があり、存在できるのです。

逆に完成された世界になってしまえば
世の中を何も変える必要がなくなり
働く必要がなくなり
自然と「仕事」「職業」は消えてしまうのです。

なので、より完成された世界に近づくほど
「仕事」「職業」は不要になっていきます。

今でもすでに本質的には「仕事」「職業」は
かなりの部分不要かもしれません。

しかしながら、今の社会構造では
仕事をして収入を得ないと生活ができないため
自分の生活のために「仕事」をわざわざ作り
働いているように思います。

つまり
「世の中にモノやサービスが必要だから仕事をする」
のではなく
「生活にお金が必要だから仕事をする」
になってしまっているのです。

そのため、無理に仕事を生み出している人も少なくないのです。

これは、生活にお金が必要となっている社会構造だからこそ
無理やり仕事をすることになってしまっているのです。

今後も今の社会構造のまま、無理やり仕事を生み出し
誰もが働かなくてはいけない状況であるべきか、

それとも、社会構造を変え
生活費のために仕事をしなくてもいい状況にするべきか。

どちらが良いのかは私には分かりません。
これは今後考えるべき問題だと思います。

人工知能やロボットによって、多くの人間の仕事が代行されるようになったとき
今ある社会システムを変えるべきか維持すべきかが真剣に問われるでしょう。

今から、自分の仕事はどうあるべきか、どうすべきかを
考えることをオススメします。

自分の世の中における役割とは何か。
もう一度考えてみましょう。