勝者は歴史をつくり、敗者は文学をつくる

杉山です。

今回は「歴史」というものについて語ってみようと思います。

「歴史」と言えば、多くの人にとっては中学や高校の時の
日本史や世界史を思い出すと思います。

もしかしたら

「年号が覚えられなかった」
「名前が覚えられなかった」

といった嫌な思い出として残っているかもしれません。
テスト前は辛かったという記憶があるかもしれません。

実は私もその一人です。

特に高校で習った「世界史」などは、カタカナばかりの人名が全く覚えられず
赤点ならぬ青点を取ってしまいました(笑)
(青点は赤点の半分の点数です)

もちろん追試となり、ギリギリセーフの成績でした。

そのため「世界史」には苦い思い出があるものの
だからと言って、「世界史」が嫌いではありません。

私は「世界史の授業やテスト」が嫌いなのであって
決して「世界史」という学問は嫌いではないのです。

むしろ今では歴史の勉強は好きですし、
年々歴史について詳しく知りたいと思うようになっています。

なぜかといえば、知れば知るほど新しい発見があり
とても面白いからです。

ですので、いまこれを読んでいるあなたも
私と同じように歴史の勉強に苦い経験があっても
毛嫌いはしないで欲しいのです。

子どもの時は嫌いでも、大人になったら好きになった、
というようなことはいくらでもあるので
今回は先入観を捨てて素直に知ってほしいと思います。

ではでは、今日のテーマにいってみましょう。

歴史とは争いの記録である

日本で普通に教育を受けた人であれば
歴史というものについて大体の認識や理解をしているはずです。

アウストラロピテクスから始まり、
私達が生きる今の時代まで見れば、
大まかな特徴が分かるはずです。

歴史とは何か。

それを一言で言い表すとすれば、

『争いの記録』

と言えるでしょう。

日本史や世界史の教科書や資料集を見てみれば
どの時代にも争いがあったことが分かるでしょう。

もちろん、国家や世界を揺るがすような戦争もあれば
ごく一部の地域で起こった小規模の争いもあります。

また、多くの死者を出すような武力と武力のぶつかり合いの戦争もあれば
権力や仕組みや情報を駆使した、リーダーとリーダーの言葉による駆け引き、
そして、謀(はかりごと)もあります。

とにかく分かることは、
人類の歴史はこれまで争いが絶えなかったということです。
そして、その争いの記録がまさに「歴史」という学問となっているのです。

きっとこれからも戦争や争いというものは無くならないだろうし
現に今も世界のあちこちで紛争や戦争、テロは起こっています。

しかしだからと言って、「世界平和をあきらめろ」というつもりはないですし
やっぱり争いがなくなり、世界がずっと平和になれば良いと思っています。
おそらくあなたもそうでしょう。

世界平和の実現のためには、
当然争いを無くすこと、そして戦争をなくすこと。
それが必要になります。

だとすれば、「どうやって争いや戦争がなくせるのか?」
という、その方法にフォーカスする必要があります。

そこでポイントとなるのが先程も言いましたが
「きっとこれからも戦争や争いというものは無くならないだろう」
という視点です。

「ちょっと待って。
世界平和を願っていながら、
戦争が無くならないと言うなんておかしいじゃないか」

と思うかもしれませんが、これはおかしくありません。

世界平和のために戦争をなくす事が必要なら
「戦争」についてしっかり学ばなければいけません。

なぜ人類は戦争をしてきたのか。
なぜ人類は戦争を繰り返してきたのか。

それらを学ぶ必要があります。

つまり、『「戦争」というものの本質を理解する』
『「戦争」というものの特徴を理解する』
ということが必要だということです。

それを踏まえた上で、やっと初めて
「どうしたら戦争を防げるのか」
という議論ができるのです。

だからこそ、その前提となる
戦争というものの特徴・本質の理解が重要なのです。
そこにはもちろん人間心理などが深く関わっているでしょう。

その「戦争の理解」のための有効な手段となるのが
まさに『歴史』なのです。
歴史という『戦争の記録』なのです。

なぜなら、それらは過去に何度も繰り返されてきた戦争のデータだからです。

なので、それらをしっかりと分析すれば
「なぜ戦争が起こったのか」という原因が見つかるはずです。

人類が戦争を起こしてしまう条件がわかってくるはずです。

それが分かってしまえば、あとは対策を練り、その対策を講じれば
戦争を防げる可能性は高いでしょう。

だからこそ「歴史」を知ること、学ぶことは重要なのです。

というのも、歴史というものが”繰り返す”という性質を持っているからこそでもあります。

過去を見れば未来が分かる。

歴史は人類の記録で、
今を生きる私達もいずれその歴史をつなげる同じ人類です。

なので、起こったできごとが
これまでと大きく変化することは恐らくありません。

しかし、変化しないからといって過去と同じように戦争をしていいかというと
もちろんそれは違います。

やはり平和な方向へ舵を切り、進んでいくことが求められます。

過去の過ちを2度としないことで平和が達成でき、
それは歴史を学ぶことから始まるわけです。

これが歴史の重要性なのです。

歴史は勝者のもの

歴史が重要であることは述べましたが、
ここで、歴史の重要な性質の1つを紹介したいと思います。

このことを知らないと
少し誤った歴史の見方を持ってしまうかもしれません。

このことというのは

『歴史は勝者のものである』

ということです。

歴史上、何度も争いや戦争があったわけですが
当然その結果として、勝者と敗者が生まれるわけです。

そして、負けた方は勝った方の指示に従わざるをえません。

つまり、勝敗がついた以降のことについては
「勝者のルール」によって動くことになります。

もっと言えば、
勝敗がついた以降は勝者のルールで憲法や法律が作られ、
国や地域の仕組みや構造など
あらゆる事が”勝者の都合”でできあがります。

そして、それを未来の人が歴史として知ることになるわけですが
それはどうしても『勝者の歴史』となってしまうのです。

勝者の都合で作られた歴史です。

なぜなら、勝者にとって都合の悪い記録(歴史)というのは
立場の強い勝者が自由に消すことができるからです。

勝者は自分たちの都合の良い記録(歴史)を残し、
都合の悪い記録(歴史)を消すことができるのです。

なので、結果的に私達が過去を振り返って学ぶ歴史というものは
必然的に『勝者の歴史』となっているわけです。

そして、必ず勝者は『正義』として記録され、歴史に残ります。

なぜなら、記録する(歴史の残す)のが勝者だからであり、
どんな人や組織でも、自分を悪だと思って戦うことはないからです。

ここまでで分かることは
結局、勝ったほうが正義になるのです。
まさに「勝てば官軍」というわけです。

戦争と歴史について本質的なことを言えば、
争いや戦争は正義と正義のぶつかり合いであり、
決着が着くと、勝者が自分を「正義」だと名乗り、
その勝者が敗者に「悪」というレッテルを貼るのです。

これが歴史における勝者と敗者、
そして正義と悪の関係です。

実際には正義と悪が戦うことはありません。
どちらも自分が正義だと思って戦うため、
正義対正義なのです。

ただ、勝敗が着けば勝者が正義と名乗り、
敗者が悪とみなされるだけなのです。

これが歴史というものの本質です。

このような歴史の本質について見事に表現しているマンガがあります。
それは日本一売れているマンガであるワンピースです。

ここでは深くは説明しませんが

作品中で登場する、海軍と海賊の関係や「空白の100年」は
まさにここまで説明した話と言えます。

海軍は過去の何らかの争いの勝者であり
海軍に都合の悪い記録(歴史)が”空白の100年”にあると思われます。

だから海軍は、自分たちに都合の悪い記録(歴史)を調べることを禁じるのです。

物語の具体的な真相は分かりませんが
作者が伝えたかったことは、こういったことなのではないでしょうか。

勝者は歴史をつくり、敗者は文学をつくる

結局、歴史が「勝者の都合による歴史」なら
敗者の言い分を知ることはできないということなのでしょうか?

勝者によって、勝者に都合の悪い敗者の言葉は消され
「死人に口なし」ということなのでしょうか?

この辺りも非常に面白い点で、
あなたも考えてみて欲しいのですが、

先日、NHKの「100分で名著」という番組の中で
とても印象的な言葉があったので紹介します。

それは

『勝者は歴史をつくり、敗者は文学をつくる』

という言葉です。

まさにその通りだなと思ってしまいました。

「歴史は勝者がつくり」というのは
先ほどお話したとおりです。

歴史とは勝者のものです。

一方の敗者はどうか、ということですが
当然敗者は自らの言い分やメッセージを
直接訴えることはできません。

勝者に都合が悪ければ、消されてしまいますから。

だとすればどうするか。

直接的に伝えることができないなら
間接的に伝えるしかありません。

他の言い方をすれば、
「死人に口なし」という理由で言うことができないなら
”書く”しかありません。

つまり、間接的に書き残す手段に出るのです。
そしてそれがまさに文学なのです。

目立たずひっそりとメッセージを伝えるには
もはや文学作品として残すしかなかったのでしょう。

考えてみると、文学作品を残した「作家」と呼ばれる人達は
普通の人とは違う点が多いように思います。

作家の中には社会に合わせられない人、社会不適合者とみられる人も多く
何かしら強烈に伝えたいメッセージがあるからこそ
原稿を何千枚、何万枚も書けるのだろうと思います。

そんな彼らは器用に生きられない、
世の中における敗者と見ることもできます。

やはり、敗者がメッセージを伝える手段として
ただ1つ残されているものが書くことであり、
残ったものが文学になっているのだと思います。

「勝者は歴史をつくり、敗者は文学をつくる」
という言葉は、非常に歴史の本質をついた言葉だと思います。